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    かけはし2021年4月5日号

コラム「架橋」



町工場の復権



 日本全国に点在する町工場の持つ技術力は、大企業も世界も凌駕する「技術」の集合体といえる。町工場は「まちこうば」であり「こうじょう」とは言わない。また、中小企業の範疇にも入らない「零細企業」である。強いて言えば零細企業は「小規模企業者」に区分されるが、法律によって定義されている用語ではなく、中小企業基本法の基準によれば、卸売業、小売業などのサービス業では従業員5人以下、製造業や建設業、運輸業では従業員20人以下と定められている。
 その全体数は、大企業1万1000社、中小企業380万9000社で、そのうち中規模企業が55万7000社、小規模事業者が325万2000社といわれ、圧倒的に零細企業が多いことがわかる。そんな中、菅政権のブレーンのひとりゴールドマン・サックスのアナリストであるデービット・アトキンソン氏は、「日経ビジネス」の中で「世界経済の中で競争力をつけるには2060年までに日本の中小企業数を160万社程度まで減らすべきである」と主張している。つまり中小企業を統合、合理化し大企業を育成しろという論理である。中小企業経営を知り抜いた上での結論と言い切るが、果たしてそこで働く労働者の生活を考えているのかと疑問を呈さずにはおられない。
 特に大企業、中小企業を低賃金、長時間労働で支えている零細企業の労働者の存在をどのように考えているのかと言えば、そこに見えてくるのは弱肉強食を正義とする「新自由主義」である。昨今のコロナ禍で倒産した企業の多くもまた零細企業だ。
 さらに後継者が見つからない零細企業は、事業承継について悩みはつきず経営者の高齢化により、後継者の不在率は50%を超え2025年には経営者の3分の2が70歳以上となり、大廃業時代を迎えると推測されている(帝国データバンク)。
 かくいうボクもそのひとり。大学を卒業して職安で紹介された出版社と名がついた町工場の印刷所を経て、これまた町工場と変わらない地方出版社をはじめて36年になるが、63歳を迎えた今日、縮小と競争が激化するこの業界で生きるにはアトキンソン氏がいう「中小企業淘汰論」に抗して、今まで培った技術力を生かした「町工場の復権」を掲げ、経営方針を立てていくのが良策であると改めて再認識するようになった。
 特に印刷業界では、ラスクルやプリントネットのような激安会社に価格面でも納期面でも町工場は叶うはずがない。では、町工場の強みは何かと言えば、小回りのよさや顧客との対面的な信頼性にあると言い切れる。これは何も町工場に限らず小規模の印刷会社にも言えることだ。設備の過大投資に力を入れるよりもデザインや企画力、刷り上がりの良さなどに特化するべきであるといえよう。ボクが初めて入った町工場は、小中学校相手のテスト問題や文集、同人誌などの顧客が多かった。
 また、今では死滅した活版印刷が稼働し、文選と植字を兼ねた職人が働き、手動写植機や和文タイプが全盛だった。まったくの家内制手工業的な雰囲気で、残業は多かったが今より職人気質が幅を利かせていたと思う。現在、郷愁的な凹凸がある肌触りに魅せられた若者が活版名刺を求めることがひとつのファッションになっているとも聞く。活版印刷機や活版活字がほとんど無くなった今だからこそ稼働する設備さえあれば、町工場のひとつの強みになることは間違いない。
 そして出版もそうだ。大出版社のベストセラーや2匹目の泥鰌を狙う投網を用いた漁業的出版に抗して、地方文化を種から育てる農業的な出版に力を注いで行きたいと思う。        (雨)


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